TMS理論と慢性腰痛の症例
TMS理論と慢性腰痛の症例
守屋カイロプラクティックオフィス 守屋 徹
(日本カイロプラクティックアカデミー理事)
本誌が注目しているTMS理論を用いた症例報告。米国で爆発的とも言える盛り上がりを示すTMS理論の概要を提示し、本性を疑われる慢性腰痛に対してアプローチした結果を報告する。
1.はじめに
TMS(Tension Myositis Syndrome:緊張性筋炎症候群)理論は、ニューヨーク大学医学部・臨床リハビリテーション医学の教授John
E.Sarno,M.D.の提唱による。これは心身相関に関する新しい病気と健康の概念を、生理学的、心理学的メカニズムから解明した疼痛症候群の仮説である。日本には、Andrew
Weil M.D.の訳本『ナチュラルメディスン』(1990)、『癒す心、治る力』(1995)によって最初に紹介された。
臨床的には、TMS患者に心身相関に関する心理学的・生理学的情報を与え、心の中で何が起きているのかを認識させる認識の力、情報の力、自己洞察の持つ力を重視した手法を用いている。Dr.Sarnoが行う「TMS教育プログラム」は、基本的に1時間単位のセミナーやグループミーティングによって「情報」を与え、「認識」という治癒力を引き出すことで顕著な効果をあげている。また、Dr.Sarnoの著書を読み情報を得ただけで、慢性の痛みから解放されたという人も、全米で15万人を越えたと言われる。
図1.Dr.Sarnoの著書
これまで、腰痛は筋骨格系に起因する代表的な疾患とされてきた。ところが、政府レベルの調査や専門会議の報告などにより、近年急速に筋骨格疾患の病因論が見直されている。そこにTMS理論が登場し、「感情が作り出す痛み」、脳に対する「認識療法」に実績と評価が高まるという社会現象が起こった。医学界の認知を得て広がったものではないが、追跡調査でも80%前後の高い治癒率を示し続け、多くの慢性腰痛患者に支持されて盛り上がっただけに真実味がある。本稿では、筆者の少ない症例の中からではあるが、明らかにTMSと思われた慢性腰痛の症例を報告し、そのアプローチを考察したいと思う。
2.対象と方法
Dr.Sarnoは、TMS患者に対する一切の身体的治療をストップしている。これはTMS治療プログラムによる純粋な認識療法の効果を明確にするために他ならない。情報を与えることで即座に痛みが消える症例もあるが、TMSの95%が2~6週間以内に治癒する、とDr.Sarnoは報告している。
カイロプラクティックの視点からみれば、身体の構造機能的側面は無視することはできない。また、Dr.Sarnoの方法をそのまま採用することにも無理がある。実際にTMSと思われる症例を観察すると、純粋に心因性と思われる患者もあるが、多くは構造機能的な問題を内包しているからである。
筆者はTMSを二つのタイプに分けて対応している。ひとつは純粋型である。この範疇に入る症例は、理学的検査が正常でカイロプラクティックにおける身体的検査でも構造的問題を検出できないが、発症部位に知覚異常あるいは臀部、腰部、肩上部の圧痛がみられる。ふたつめは混合型である。理学検査およびカイロプラクティックの検査で構造的問題が検出されるが、症状との関連が疑わしく心因性優位と思われる症例である。混合型には構造的問題のみならず内分泌系、免疫系などの問題と複合している症例もみられる。それでも、TMS理論からみれば病因は抑圧された感情にあると思われる。
ここでは、心因性起因の判断指標として、G.J.Goodheart,D.C.が神経体性連結に用いている眼窩上方のPointを採用した。指標へのTherapy
Localizationで、すべての筋力が抑制的に働く慢性腰痛の症例を対象として、純粋型には「TMS教育プログラム」の情報のみを与え、混合型には徒手療法と併用してTMSの情報を与えた。
3.TMS教育プログラム
TMS理論では、ストレスにおける不快な感情(不安、怒り、弱さ、依存心、劣等感など)を抑圧する傾向を重視している。この抑圧された感情を「緊張」と呼び、TMS患者の性格特性を特徴づける。勤勉で何事にも一生懸命、誠実で良心的、揉め事を好まず、完全主義で優越志向も強く自分に厳しい、いい仕事をするということに執心する全力投球タイプで心配性など、こうした性格特性の人こそ不快な感情を無意識に抑圧しやすい。それが感情の「緊張」を生む。こうした性格特性は自覚できる。自覚できる感情は「意識」の領域であるが、個人の性格特性は「無意識」からの衝動を映すことによって形成されているから厄介な問題になる。無意識の心理学を大系づけたのはフロイトであるが、TMS理論にもその影響が窺われる。
「抑圧」という無意識への心理状態が発端となって、自律神経系が特有の働きを見せる。この自律神経系の作用によって、軟部組織の一部に血管の収縮を起こし、組織に軽い酸素の欠乏状態を作り出す。酸素欠乏は痛みだけにとどまらない。知覚異常、筋力低下、腱反射異常、運動機能障害の原因にもなり得る。自律神経系がTMSに関わっているとすれば、筋肉や神経に症状を発生させるには循環系を使うのが最も効率的である。細動脈をわずかに収縮させるだけでも、組織の血流量は減少し、軽度の酸素欠乏が起きて痛みが生じるからである。これがTMSの生理学的な実態である。
では、このTMSを治療するにはどうすべきなのだろう。身体症状が「まやかしの茶番劇」であれば、フロイトのように精神分析による精神療法を行う必要もほとんどない。
Dr.Sarnoの治療法は、第一にTMSに対する情報を与えることからはじまる。自分の身体に何が起きているのかを患者が理解することが治療のスタートになる。TMSの痛みは軽い酸素欠乏によるものであり、気に病んで怯えないように、痛みにではなく常に感情に注目させなければならない。構造障害という先入観を払拭させる必要もある。痛みを恐れずに、元どおり身体を動かすことはさらに重要である。
4.TMSと思われる慢性腰痛の症例
症例1
患 者:30歳 男性 運輸業
初 診:1999年9月6日
主 訴:腰痛
来院までの経過:3年前、トラックの荷台から30Kg荷物を担いで飛び降りながら運搬作業を続けているうちに、腰に痛みを感じはじめる。翌日の朝は痛みのために起き上がれず、次第に歩行も困難になっていった。整形外科にて受診、X-Rayの結果で椎間板ヘルニアの診断を受ける。ブロック注射と安静で快方に向かったが、以来、3年間にわたって慢性的な腰痛に悩まされてきた。頻繁に強い痛みに襲われるようになり、仕事も休みがちになった。最近では、3週間前に朝起きた時に痛みを感じ、次第に悪化している。本人は運送業務のためにヘルニアが回復しないと判断しており、治療に専念するために退職して来院したという。常に痛みがあるために、コルセットを使用している。
検査および治療:腱反射(正常)、主な背腰部および下肢の筋力検査(正常)。モーションパルぺーションでも異常な関節可動はみられない。動力学的テストによる運動分析では、伸展運動最終可動域で腰仙部を中心とした痛みが起こる。触診で腰部全体に擽感を訴える。冷感の有無を尋ねると、「腰から下肢にかけていつも冷たい感じがする」という。両眼窩上方PointへのTherapy
Localizationで、すべての筋力が抑制される。圧痛は顕著ではないが、典型的なTMSと判断する。
この患者には、「椎間板ヘルニア」という構造障害の呪縛を最初に取り除く必要性を感じた。神経学的にみてもへルニアは治癒しており、何ら問題にはなっていないことを理解させる。そして問題は「頭の中にあること」「感情の緊張が原因」であることを告げ、TMSの心理学的・生理学的メカニズムを説明した。運転をしながらでも、いつも何かに腹を立てたり、心配事などを頭の中で一人で会話していることが感情の緊張となる。痛みはその感情から注意をそらすためのものであることなど、TMS教育プログラムに沿った喩えを交えて説明した。これまで椎間板ヘルニアが原因だと信じ込んでいた患者は、内的ストレスが原因だと言われ唖然としているように見受けられた。それでも、「何も思い当たるようなことはないですか?」と尋ねると、「ありすぎて困るくらいだ」と答えた。
患者は抑圧された感情をなかなか表現しようとはしないものである。精神的なストレスの有無を尋ねても、ほとんどの人は「たいした問題はない」と答える。TMS教育プログラムでは、心理療法を行うわけではない。したがって、怒りや悩みの具体的な内容を明らかにする必要もなく、身体に何が起こっているのかを認識させるだけでよいのである。
この患者は、朝目覚めたら痛みがあったりといった「きっかけ」とは無縁の痛みに悩まされていた。身体的なアクシデントは、3年前の運搬作業だけである。発症までの時間的経過も数分後から数日後までまちまちで、ほとんどは緩慢な進行で悪化している。痛みの強さと発症傾向に関する法則性は見出せそうもない。とすれば、何らかの身体的アクシデントも単なる発症の「きっかけ」にすぎないだろう。TMS理論に従えば、腰痛は「きっかけ」によって生じるのではなく、「きっかけ」によって無意識界から引き出された不安や怒りなどの「感情」の程度で出現するのである。
説明を終えて、両眼窩上方PointへのTherapy Localizationで筋力により身体反応を確認すると、確実に良好な結果を期待することができた。この検査は、患者に心身相関の例を納得させる方法としても効果的であると思われる。この症例では、認識療法だけを行なったが、即効的な効果を示した。患者はスムーズに治療テーブルから起き上がり、「全然違う」と言って身体を動かしながら痛みの消失を確認していた。腰の擽感も冷感もない。むしろ、「腰が温かくなった」と言い、コルセットもはずして帰った。この症例は即効的な効果をみせ、その後の経過も良好であるが、治療効果の持続性についてはさらに検討を要す。
症例2
患 者:62歳 男性 タクシー運転手
初 診:1999年7月5日
主 訴:左腰臀部痛および左下腿痛。
来院までの経過:3週間ほど前に、庭の草引き作業中から左腓腹筋部につっぱり感を覚える。通常どおりタクシー業務を続けていたが、1週間目くらいで臀部まで痛み出し、最近では腰も痛むようになった。同じ姿勢を続けることが困難なために逃避性姿勢で、有痛性跛行をする。外科と整形外科にて受診。X-Ray所見(異常なし)。座薬と湿布を処方されるが変化はなく、夜間もたびたび寝返りをしなければならない状態になった。
検査および治療:左腰臀部の筋肉に緊張がみられ、腰部の可動域も有痛性の制限を伴う。腱反射(正常)。思い当たるような身体的アクシデントもなく、座薬を使用しているものの緩慢に進行悪化している。治療テーブルに安楽な姿勢をとらせ、問診を行う。つらくなったら体位変換するように指示した。
問診で得た情報から、関連性が疑われる手術歴があった。3年前、右下肢動脈硬化による下肢痛のために行なった左側動脈からのバイパス手術である。この痛みの記憶とリンクして発生した可能性を推論し、草引きにより発症した時の心理的状況を尋ねると、痛みが3年前の時とまったく同じだという。心理的にも不安が高じ、「ふくらはぎのつっぱり感よりも心配で夜も眠れなかった」ようである。手術や休職のことなどをあれこれと案じながら、早速、外科診察を受けたが障害は指摘されなかった。しかし、今度はどこが悪いのだろうと逆に不安を募らせ、症状も悪化の一途を辿っている。典型的なTMSの可能性が疑われた。
筋緊張部に手掌接触でモニターしながらTMSの可能性があることを伝え、ふくらはぎの突っ張り感が感情にどのような影響を与えたか、不安や心配事の連続に脳がどのように対応しているかなど、TMS情報を与えた。説明しているうちに、腰臀部の筋緊張が著しく緩和され、部分的に圧痛を伴う中小殿筋の硬結が残されている。活性トリガーポイントの存在を確認したが検出されない。中小殿筋の硬結をモニターしながら、さらにTMS教育プログラムを続けているうちに硬結も緩解し、治療テーブルから降りる時には腹筋を使ってスムーズに起きた。ほとんど跛行なしに歩けるようになり(VAS20)、1週間後には完治した。
症例3
患 者:61歳 女性 主婦
初 診:1999年5月29日
主 訴:腰痛
副 訴:肩こり、胸背部のしびれ感と圧迫感、両下肢のしびれ感。
来院までの経過:1984年、トイレで立ち上がる時にいわゆるギックリ腰を経験してから腰痛に悩まされる。昨年3月には、洗濯物を干している時に発作性の腰痛で歩行もできなくなった。救急車で整形外科に行き、変形性の腰痛症と診断され、コルセットの使用と投薬を続ける。次第に、夕方になると両下肢がしびれ、腰痛のためいつも横になることが多くなった。1976年に胃を1/3摘出手術(ポリープ)、1986年に子宮摘出手術(筋腫)、1998年に風船療法(狭心症)を行なった既往歴がある。現在、高血圧(投薬治療中)、自律神経失調症(不安剤処方)を治療中である。
検査および治療:腱反射(正常)、運動分析による有意な力学的徴候はみられないが、胸郭の可動性減少が顕著である。感情の抑圧された患者は、問診の応答などからTMSの性格特性を垣間見ることができる。この患者も「いい人」の典型で、嫁家先での精神的な抑圧が身体症状を発症させてきたように見受けられた。難聴の姑と口やかましい小姑の間で、長い年月、口をつぐみ一切の感情を抑圧してきたようである。両眼窩上方PointへのTherapy
Localizationで、すべての筋力が抑制される。治療は胸郭の可動性を回復させることに主眼をおいた。TMS情報を与えたが、それを受け入れる余裕がこの患者にはないのだろう。いい返事はするが、上の空である。それでも、治療後は「からだが楽になった」と言って帰っていった。
3日後に、「今朝起きたら背中が苦しくて起きていることができない」と電話が入った。「治療の反応だろうか?」と言う。身体症状の発症に結びつく「きっかけ」もない。私はTMS情報を再び与えた。身体症状にではなく感情を監視するように強く指示し、寝込まないで動くことを勧めた。その3日後に再診で来院した時には症状も軽減し、少しずつ動けるようになった、と言う。この患者は、動くと身体が苦しくなると考えて動こうとしないのである。ところが、実際に身体で動かせない部位はどこにもない。意識はずっと身体に向けられたままで、「どこが悪いのだろうか」と不安を増大させている。朝目覚めても身体のことを心配している。これでは脳の思う壺である。治療を終えた時には、「胸に穴が空いたように軽くなった」と言った。2週間目にはずいぶんと活動的になり、1ヶ月ほどでほとんどの身体症状から解放されて不安剤の服用もやめた。
5.考 察
症例1と2はTMS純粋型で、教育プログラムによる認識療法のみを行なった。症例3は混合型で、カイロプラクティック治療と併用してTMS教育プログラムによる情報を与えた。
混合型には、身体的治療を積極的に取り入れることで「身体の方は良くなっている」と意識づけることになり、患者の意識もおのずと抑圧された「感情」に向くようになった。日常生活でも、積極的に痛みのない方向に動かすことを指導した。これは求心性に働く圧・動き刺激入力を増大させることになる。圧・動き刺激は、痛みの元となる侵害刺激を脊髄レベルで抑圧する。ここに、TMS教育プログラムの「平常どおりに動く」効果が現れる。合理的な運動ケアの指導は、脳に動きの再プログラミングを行わせ、治癒を早める要因のようにも思われる。
図2.小動脈と細動脈 |
TMS理論で注目すべき概念は、「抑圧された感情=緊張」が自律神経系を介して「酸素欠乏」をもたらす、とする仮説にある。自律神経系は脳のサブシステムとして全身的な不随意機能をコントロールしている。その意味では意識から比較的独立して作用しているが、われわれの感情や行動と密接に関連しており、臓器や血管の運動、内分泌や代謝などに大きな影響を与えている。TMSの原因となる酸素欠乏は、細動脈(図2)をわずかに収縮させるだけでも可能である。
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細動脈は直径20~40μmで平滑筋細胞からなる中膜を持ち、数層の平滑筋から構成される筋型の小動脈に続く毛細血管前動脈である。これらの血管は神経によって平滑筋の緊張状態が調整されており、血流量に大きな影響を与えている。血流速度も極端に遅い(図3)。調整的に働く自律神経がなぜこのような痛みを作るのかは謎である。
図3.血管の血流速度と横断面積
6.結 語
Dr.SarnoのTMS理論は心理学者が提唱した手法とは異なり、理学検査と身体を診る能力を持つ者にこそ応用できる方法である。その上、心理学の専門家でなくてもTMS患者の感情をよく理解できるようになり、専門的な心理療法の知識がなくても応用できる教育プログラムだと思われる。患者心理の教材としても学ぶ価値があるだろう。
カイロプラクティックは脊柱や末梢の受容器を通して、本来の身体イメージを求心性に脳に伝える作業である。TMS理論は、脳がその情報を認識することで遠心性に身体に働きかける。両者を併用して活用すれば、新しい手法の治療展開も期待できるだろう。慢性腰痛、たびたび再発する症状、理屈に合わない発症の状況、理学検査で問題を指摘されない症例、そんなケースではTMS理論の視点からも見直すことをお勧めしたい。
参考文献
1) 「ナチュラルメディスン」アンドルー・ワイル著 春秋社
2) 「癒す心治る力」アンドルー・ワイル著 角川書店刊
3) 「HEARING BACK PAIN」John E.Sarno M.D
4) 「サーノ博士のヒーリング・バックペイン」春秋社刊
5) 「ヒステリーの研究」フロイト選集17、日本教文社刊
6) 「痛みとはなにか」柳田尚著 講談社刊
7) 「imago」1992 vol.3-13 青土社刊
8) 「解剖学アトラス」光文堂刊
9) 「からだの構造と機能」西村書店刊
10) 「人体機能生理学」南江堂刊
季刊マニピュレーション, 1999, 14(4):32-8.
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